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「ヴォイトレと科学」 No.297

声の科学などは、物理、生理学者のためのところにあり、教育学や医学には、それなりに関係しても、ヴォイトレそのものにはほとんど影響しません。科学的なことの信仰者が多くなったのは、スポーツやエクササイズ、健康食品などでの科学的実証ブームのせいもあるのでしょう。

今の頭でっかちの人を信用させるには、便利なツールとして使われているのです。その先は、科学や理論から脱却して、スピリチュアルに走り出すというワンパターンでしょう。頭と精神に関心をもつのはよいのですが、肝心の身体が忘れられてはなりません。声は、身体が生じ、発し、動かすのです。声の研究で欠けているのは、日本人という観点とトレーニングの客観的効果の実証です。

私は、睡眠の研究をしたことがあります。理論や実証が、動物実験強制収容所のデータが主であることから、自らを実験してみるしかなかったのを思い出しました。

論文も学会も、一介のビジネスマンや一般の人が考えてもおかしなことを次々と回している、それを真面目に論じている(か、そういう顔だけしている)。医者も声楽家もどの分野も、古い体質になりつつあります。かつ、困ったことに、頑固なりにも古い頃のよさ、真実の希求をもっていた方が少なくなり、ただの権威主義に陥っています。

日本では、ゴマすり社員は少なくなったというのに、医局や大学や専門分野などでは、逆にイエスマンしか残っていかないのです。世間知らずで上のいう通り、同じことをそのままやるだけというように、ロボット化しているのです。こんなことばかりを言うのは野暮なので、やめますが。

どう生きてきたかは、その人の姿勢、顔、表情、声から判断できます。そこの人々をよくみてください。この研究所にいらっしゃるような人は稀有でしょう。(ここも何年か前、やや危なかったような気もしますが)人間らしい魅力で仕事していくところで、それはないでしょう、ということです。