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「知的につれづれ」 No.296

 知とは観念ですから、知ると、それで判断します。断じたところで、他の事と矛盾、衝突します。

今は、同じものを日本語と外国語で読んで、お互いに違うと言い合っているようなのが、この業界です。状況としての現実に、支配されるのは、変化を起こす力を養うためと考えているのですが。

目の前にあるものが何にでも使えるのに、みえるものに支配されて、そこでしか利用できない。それでは、状況に対応しているだけです。囚われている、逃げているのです。そこを直視することからスタートすることです。

誰しもが出会った時代、地域、環境で、考え方をつくり、同時に限定させられてきたのです。

 

気分、心情は影にすぎません。雨は一滴一滴であって、降っているのではないのです。

このように、状況と動きを同時に観るのは難しいことです。本質の把握から世の中に寄与していくことはさらに困難です。本質を求めても断じた時から革新から遠ざかるともいえるのです。

病気を望み、求めたら病気になります。必要なことは、とろうとしなければすでにもっているのです。でも、プロセスよりも結果よりも大切なのは自分、となってその自分に騙されて埋没しているのだなあ、と思うのです。

 苦痛や孤独など経験を通してできてきた自分の世界とは、関わらずをえないのですから、あえて離れるようにすることが大切です。