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「日常のこと」 No.277

日常の態度や行動などは、その人が世の中でやれていくのかどうかをみるのによい指標になります。いかに声や歌がすぐれていても、すぐれているということと、世の中に通じる、認められるということは違います。声だけ聞いてほめてくれるのはトレーナーだけです。  世の中の人が認めてくれないと何ともならないのです。

そのためには、当たり前のことを当たり前のように行う、つまりは、続けることからです。

私は昔、レッスンを、その前に2時間練習して、その後にまた23時間練習して、活かしました。というのは、時間だけのことでしたが。多分、頭が固く愚かな雑な練習だったので(今考えると声の慢性の疲労を招いての最悪の状態に近づけていただけのことです)、人の23倍やっても人の1.01倍くらいの効果しか上げられなかったと思います。しかし、塵も積もれば山です。誰よりも弱かった声が誰よりも丈夫になりました。このかけた時間を一方的に神聖視するつもりはありませんが、これなくしては、声は変わらなかったと思っています。だからといって、誰にもこの努力を押し付けるつもりはないのです。

ただ、未だ闇の中にいる人には、「これで変わらなければ人類には不可能と結論を出せるくらいの努力をしましょう」ということです。(大体はその一歩手前くらいで8割方はかなうようですが)

何よりも、勘が冴えて気づくことが多くなりました。それは、単調なことをとことん続けてやることの最大の効用なのです。

他人が飽きるようなくり返しが、そのなかで楽しめてくる。そして最大の楽しみになるのです。それが深さです。(ただし一つ間違うと自家中毒となるので、ご注意を!)

 効率や合理性を、その場だけの仕事でなら割り切るならよしとしても、生涯の仕事とするならよしとしない。そんなことからは大して身につかないからです。感覚も体も声も、千秋の積み重ねがいるのです。