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「疑う、の誤解」 No.274

疑うことの大切さは、何度か説いてきました。それは、一面としては、客観性を重んじる科学的な態度として、近代に確立してきたものです。「疑い、確かなものを選び出すこと」で間違いを防ぎ、正しいことを得る。この学問的態度は、芸事にも社会生活にも、大きな影響をもたらしました。

 しかし、この正しい間違いの判断や、選択というものは、結局のところ、自分の外にあるものに対してにすぎません。いわば、ゲームの世界と同じです。他人のゲームで遊ぶのでなく、それを糧に自分のゲームをつくっていくために役立てるべきなのです。

 まして、ただ疑い、ものごとを怪しいと思う態度からは、新しく学ぶこともできず、行動もできません。そういうことを言う人を批判したり、否定したりすることに陥るだけです。

疑うのは、疑い抜いて信じるために必要であるとわかります。感性を磨き、自分を信じるのでなく、信じられる自分に高めていくしかないのです。真にクリエイティブなものは、それを創ることのできていない自らの否定をしていくのです。そのために他に自らを学ぶことです。このことをこれまで暗黙知、心理、真実、本質、本物、いろんなことばで述べてきました。そのためには、他を疑わずに、どれだけ早く、完璧に自らのこだわりを捨てられるか、ということになります。行き着くところ、忘我、バカになりきり、集中して、自分に積み上げていくのかということに尽きます。