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「進化の退化」 Vol.233

例えば、アマチュアのゴルファーについてですが、これだけ道具、ボール、テクノロジーが進歩しているにもかかわらず、20年前とアマチュアハンディキャップは全く進歩していないというショッキングなデータがあるそうです。コンピューターで分析するほど、枝葉末節に多くの人が悩んでしまっているのが現状なわけです。

これは歌や役者にもいえます。科学や分析、技術などということばが一人歩きをはじめ、底辺のレベルはそれなりにあがったと思いたいものの、大成する人は、逆に少なくなっています。この分では、声や歌において、サッカーなどほかのスポーツやダンス、バレエのように、世界レベルの活躍のできる人も天才的スターも生まれそうにありません。

それはレッスンの変容をみていてもわかります。いろんなスクールに行くと、以前のように、ただ黙々とやらせるような放任的なレッスンや、叱ったり、無言だったりで指導するような厳格なレッスンは、どこにもみられなくなってきました。この二つに代わって、分析やメカニズムに言及するようなテクニカルな傾向が強まり、さらに“科学的”ということばがよく使われるようになりました。一方で、欧米のとか、海外のトレーナーの流れ(亜流?)も出てきました。(かく言う私も、宣伝文句としてはその両方にまたがって展開していたのは事実です。)

しかし、ほかの分野をみても、こういう流れは、創成期から停滞して、膠着期になると出てくるものです。そこにそのまま、のっかっているのが察せられます。

習いにいらっしゃる人が一般化するにつれ、最初は飛び込んでくるアーティストらしい人が、生徒となり、さらにお客様化していく。そうなると、レッスンの方針もマイナスを凌ぐプラスをつくることよりも、マイナスをなくすことにばかり目がいくものです。お客様は、「安心、確実、わかりやすい」が欲しいからです。そしてトレーナーもその流れに合うような、タイプに変わっていきます。型破りなアーティストから、先生になり、今や、コンサルタント販売員のようになってきました。憂うべきことです。